仙台藩の4代藩主、伊達綱村が 亀ケ岡八幡として、天和3(1682)年頃に仙台城近くに遷座しました。小野田町薬莱神社の社家を移した際に、神楽も伝わったといわれ、芸の形態は三輪流神楽であります。
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鳥居は明神(みょうじん)鳥居で宮城県石巻市の井内石(いないいし)が用いられています。鳥居の金銅製の額の表には「亀岡八幡宮」、裏面には享保(きょうほ)3(1718)年に五代藩主伊達吉村公が謹書・献納したことが刻銘されています。
鳥居と額(附指定)は宮城県有形文化財に、石段は仙台市登録有形文化財に指定されています。
昭和20年(1945)、仙台大空襲で社殿、社宝のほとんどが焼失し、遺構である造営当初から造られた石造の鳥居です。(高さ6m、上幅4.9m、下幅5.5、鳥居額:5代藩主伊達吉村奉納)が名称「亀岡八幡宮石鳥居 附 鳥居額」として昭和45年(1970)宮城県指定有形文化財に登録されました。
石鳥居は、宮城県石巻で切り出された稲井石製で、青銅製の額の表には亀岡八幡宮と記されており、加えてハの字は鳩が二羽で現されております。鳩は八幡さまのお使いとされており、使いの門番と考えられます。1970年県文化財に指定され東照宮・大崎八幡宮の石鳥居とともに仙台の三大石鳥居のひとつに数えられております。是非石鳥居の下より二羽の鳩をご覧ください。益々幸せになれますよ。
亀岡八幡宮石段は,亀岡山裾の石鳥居から山頂の社殿まで延びており,市内では最も長い石段です。石段の数は,年間日数の365日から由来し,現在は削られて335段程度になっています。昭和20年(1945)の戦災により,社殿等を焼失しているために,往時を示す数少ない貴重な遺構です。
社宝である太刀は義光の初期の作品と推定されるもので、表:「備州長船住義光」、裏:「建武四年十二月」の銘、長さ76.8cm、反り2.7cm、延宝3年(1675)仙台藩4代藩主伊達綱村が奉納したもので大正3年(1914)に国指定重要文化財(工芸品)に指定されています。
亀岡八幡宮は、仙台藩4代伊達綱村公によって現在の亀岡山に天和3年(1659)に建立され城下鎮護を願い、常に厚い信仰を受けてきました。伊達亀千代(綱村)公は万治2年(1659)に江戸にて3代藩主伊達綱宗公の長男として生を受け、翌年にわずか1歳にて4代藩主となり伊達兵部宗勝・田村右京宗良が後見人となりました。延宝3年 (1675)9月27日には16歳にて仙台へ初めて入国し、同年には亀岡八幡宮に御神宝として太刀(1振)を奉納されました。現在も亀岡八幡宮の所有で国の重要文化財に指定されてあります。建武4年(1337)南北朝時代の作で銘備前長船住義光であり、仙台市博物館にて保管され常設展示されています。当宮関係ではご造営当時の境内絵図も展示されてありますので、是非足を運んでご覧になってはいかがでしょうか。