本殿 1.72坪/幣殿 1.5坪/拝殿 13坪
現在の社殿は、昭和20年7月の戦災でことごとく焼失した後に、一本杉の伊達家の氏神の社殿を移して本殿とし、新たに幣殿、拝殿その他の建物を造営して昭和40年10月竣工したものです。
此の神社は今より315年前、天和3年伊達綱村公、此の亀岡山に亀岡八幡宮を御造営御遷座と共に祀られた古き社にして在るも、昭和の大戦の災いに焼失され、三神峯陸軍幼年学校庭内社を以ちて復興するも、永年に亘る風雨の害ありて、此のたび平成の大御代畏くも、天皇在位20年、両陛下御成婚満50年の慶年を言祝ぎ改築せるものなり。
亀岡八幡宮石段は,亀岡山裾の石鳥居から山頂の社殿まで延びており,市内では最も長い石段です。石段の数は,年間日数の365日から由来し,現在は削られて335段程度になっています。昭和20年(1945)の戦災により,社殿等を焼失しているために,往時を示す数少ない貴重な遺構です。
石鳥居は、宮城県石巻で切り出された稲井石製で、青銅製の額の表には亀岡八幡宮と記されており、加えてハの字は鳩が二羽で現されております。鳩は八幡さまのお使いとされており、使いの門番と考えられます。1970年県文化財に指定され東照宮・大崎八幡宮の石鳥居とともに仙台の三大石鳥居のひとつに数えられております。是非石鳥居の下より二羽の鳩をご覧ください。益々幸せになれますよ。
輜重(しちょう)とは前線へ送る食糧や衣糧、弾薬などの事を指し、輜重兵とは補給部隊の兵士を意味します。
こちらの碑は、輜重第二連隊の碑となります。
亀岡八幡宮の社殿は昭和20年の仙台空襲にて焼失しており、現在のものは1965年に竣工されたものです。
真新しい石鳥居をくぐり、石段を上り楼門そして長床をくぐり、長い石段を一段一段と上り、365段登りきると美麗な神殿が鎮座なされていて、振り返ると太平洋を遥かに望み、金華山や千賀の浦を遠望し眼下には仙台城下の美しい景色が広がり、芭蕉の心に深く印象を残したことでしょう。残念ながら亀岡八幡宮での俳句は歌われてませんが、あまりにも美しく雅なので歌を詠むのを忘れてしまったのかもしれませんね。
太鼓橋は春には枝垂桜のトンネルができる、大変有名な桜の名所です。こちらの枝垂桜は樹齢350年を超えています。
車で:東北自動車道 宮城仙台インターより10分
電車で:地下鉄「川内駅」下車
バスで:仙台駅西口バスプール15-2番川内営業所行「川内亀岡公園前」下車