由緒と歴史

亀岡八幡宮   鎮座地 仙台市青葉区川内亀岡


亀岡八幡宮大鳥居

備前長船義光
 


左画像はクリックすると拡大表示します。

●文治五年
(西暦1190年)
・伊達家第一世朝宗公(常州真壁群伊佐荘中村に住す)伊達郡を
 頼朝公より賜り、高子岡に城を築き初めて伊達氏を称する。
 某年鶴岡八幡宮を高子城邊に勧請し、社を御造営の時、
 霊亀出ず因りて亀岡八幡宮と称す。
・第三世義廣公入道するも、伊達郡桑折郷粟野大館に移り住み
 亀岡八幡宮を建てる。
●應永三十三年
(西暦1427年)
・三月、第十一世持宗公、亀岡八幡宮を伊達郡岡部梁川に御遷座す。
●天文元年
(西暦1532年)
・第十四世稙宗公、西山城に移るとともに社も遷す。
●元亀元年
(西暦1570年)
・梁川に御遷座。
・第十七世政宗公(伊達藩初代藩主・貞山公と称す)、
 天正年中伊達郡より岩手山宮太夫清重、弟重之と相謀り、
 慶長六年密かに御神体を護持し、伊具群丸森に至って
 これを正宗に告ぐ。
・ 同七年命じて仙台同心町(瀧澤神社)に仮宮を造り安鎮する。
 よって宮太夫に米三口を給す。
●寛永十七年
(西暦1641年)
・第十八世忠宗公(伊達藩二代藩主・義山公と称す)社殿を経営し
 同年七月遷宮を行い、梁川八幡と称す。
 同二十年四月始めて神事を行い、祭奠廩米五石を寄進す。
●天和元年
(西暦1681年)
・第二十世綱村公(伊達藩四代藩主・貞山公と称す)、
 七月、社を城坤川内の地に移し大いに土木を起こし、
 宮地を造営する。
・同年三年八月落成、十五日遷宮して亀岡八幡宮と称し、
 祭料八石を増し、百石の地を献進、宮太夫を山田土佐守と
 改称せしめて神職に定め、三十石の地を給与す。
 更に社士歴代の藩主の奉納品多きが中に刀剣あり。
 銘を備前長船義光の一振は重要文化財に指定されている。
 (観跡聞老志、名蹟志、風内風土記、社蔵記録)
●元禄二年
(西暦1689年)
五月六日(陽暦六月二十二日)、
 「おくのほそ道」の旅の芭蕉と曽良が亀岡八幡宮に 参詣。
 「曽良旅日記」には、
  一、六日 天気能、亀ヶ岡八幡宮へ詣、城ノ追手(大手門)ヲ入、
  俄ニ雨降ル、茶 室ヘ入、止テ帰ル。
  と、しるしている。
  亀岡八幡宮は「おくのほそ道」の行文には書かれなかったが、
  境内から遠望した金華山をはじめとする光景は、
  芭蕉の心に深い印象を与えた。
●明治四年 ・七月村社に列す。
●昭和二十年 ・七月戦災を被り、旧社殿悉く消失。

現在殿は一本杉・伊達家の氏神の社殿を移し本殿とした。
新たに幣殿、拝殿其の他の建物を造営し、昭和四十年十月竣功した。


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